純米一合冷やで

酒がうまい

インターネット・レッスン

教訓1)怒りに任せると主語が大きくなり、角を立てなくてもいいところに角が立つ。感情に飲まれて過度に一般化しないように気をつけよう。

例:(デカイ主語)は○○だ!なぜなら私はこんな経験(単一事象)をしたからだ!

 

教訓2)細やかな状況を定義しないまま、単一事象に基づいた議論を展開すると、たいていは揚げ足取りに遭うので気をつけよう。

例:(デカイ主語)は○○すべき!→じゃあ△△のときはダメなんですか?××もやってますけど?

 

人のフリ見てなんとやら。人の価値観が経験の積み重ねの上に形成されるのも確かなので、コテコテな感じになりたいのなら経験のみに基づく物差しを創り上げるのも自由だと思う。私はなるべく中庸でありたいと思うので(無用に人と争うのはつかれるので)、細やかな言葉の制御を心がけたい。

ちがうということ

人がやってるいるからやらなければならない、ということを人から押し付けられたり、自分で勝手に感じたり。その焦りによって一瞬見失いそうになるけれども、自分がほんとうにそれを望むのか?ということは、絶えず問いかけるようにしておきたい。後悔することを恐れて、やらなくてもよいことをやっていないか。後悔したかどうかは自分が後で決めることであって、実際のところ自分で決めたことはたいてい後悔しないことが最近よくわかってきた。

ひとつ後悔するとするなら、他人と同じになれずに苦しんできた二十代前半の時間だけ。他の人はわからないけど、自分が他人と同じになることはきっと不可能、たったそれだけのことを長い時間をかけて理解した。ではほんとうの自分のすがたとは何なのか、定型かもしれないしそうでないかもしれないし、それはこの歳になってもまだまだわからない。

自分のことを明確に定義できる人ほど後悔少なく軽快に生活を進めることができるのだろう。私の場合はまだまだ手探りで進んでいくようだ。

犬を見送る

(※気持ちの整理のために書いた文章なので、特に情報はないpostです)

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「たったいま、虹の橋を渡りました」

夕方、買い物を終えて車に戻ったら、京都の実家からLINEが入っていた。とうとうか、と思った。堰を切るような爆発的な感情はなかったが、虚しい気持ちが静かにすーっと浸透してくるような感じだった。画面を見つめたまま、しばらく車を発進できなかった。

飼い犬は黒柴の♀だった。3月にくるはずだった19回目の誕生日を目前にして、お別れとなった。ここ数年、新型コロナの関係で家族の集まる機会が少なかったのだが、今年の正月は本当に久しぶりに家族全員が実家に揃った。その機会を待っていて、全員の顔を無事に見られたので逝ってしまったように思えてならない。もちろん人間の勝手な想像なのだが。

柴犬の平均的な寿命は12〜15 歳だから、18歳11ヶ月というのはかなりの長寿になる。それだけの長い時間、家族として一緒に過ごせて良かったし、苦しむことなく寿命を全うしてくれたことも良かった。ただ、19年間全く何事もなかったかというとそうでもなく、16歳のときにはひどい前庭疾患を発症して、もう寝たきりになるかもしれないと言われたこともあった。あのときは両親が寝る間も惜しんで手当てをして(水で溶いた餌を口の隙間からスポイトでやったりしていた)、その甲斐あって散歩に行けるようになるまで回復した。老衰が始まってからも、車椅子を作ってみたり、餌を食べやすいように工夫したり、かなり献身的に世話をしていた。19歳とは、そのおかげだったのではないかと今となっては思ったりもする。

今日から2週間くらい前、突然ご飯を食べなくなったから間も無くかもしれない、と実家から連絡があった。その数日後にまたご飯を食べだして安心したのも束の間、ご飯を食べる日の間隔は次第に、だが確実に、長くなっていった。ご飯を食べないときはずっと寝ていた。これまで車椅子でなんとか歩けていたのも、もう足に力が入らないようで全く進めなくなった。ご飯を食べなくなると、やがてミルクも飲まなくなった。脚がパンパンにむくんできたと思ったら、ミルクは飲まないのに多量の尿が出た。理解したくなかったが、少しずつ終いの支度をしていることがわかった。

力なく横たわっていても、目と足先だけは最後までこちらの声に反応して動いていた。離れて暮らす私にも犬の様子がわかるよう、数年前から実家にはウェブカメラを設置していた。ウェブカメラ越しに口笛を吹いてやると、目を開けて瞬きをする。このまま永遠に時間が止まって欲しいという思いと、もうよく頑張ったね、目を閉じて眠っていいよ、という気持ちが交錯して、もうそれ以降は画面越しに頭を撫でてやることしかできなかった。

私は幸福なことに、幼少期に経験して以降は近しい人の死に立ち合っていない。だから今日という日が訪れた時に、ちゃんと受け止められるかどうか不安だった。人との離別において定型句のように言われる言葉がある。「思い出の中に生きている」とか、「また会える」とか、「どこか遠いところにいる」とか。これまでそういうのは月並みだなと思っていたが、いざ当事者となるとそれは死を受け止めるために必要な考え方なのだと思った。生き物が死んで肉体が滅べばもうこの世界には何の痕跡もなくなる、というのが残酷な現実なのだが、それを緩やかに消化するためには優しい嘘を自分につかねばならないとわかった。痛み止めと言ったところだろうか。死の事実はまだ全然終わっていなくて、これから少しずつ咀嚼して理解していくのだろう。(人間の場合の四十九日の法要などにもこの作用があるのだろうなと思ったりもする)

最後になったが、一匹の犬の一生を見て思ったのは、やっぱり絶対に「かわいい」の感情だけで生き物を飼ってはいけないということ。2003年の新緑眩しい頃、彼女はうちにやってくるなり自分のウンコを食べて家族一同騒然となった。そんなやんちゃな仔犬が19年後にこんなに弱った姿になるなんて、当時は一切想像していなかった。私は5年前に実家を離れてしまったので、大きなことを言える立場ではないのだが、それでもあの骨の折れるような老犬介護はとんでもなく大変なことだと思った。吠えたら日夜関係なく散歩に連れて行ったり、1日に何回もオムツを変えたり、排便困難になってからは綿棒で排便を促したり。両親は本当によく世話をしてれたと思うし、繰り返しになるけれども、長生きはそのおかげだと思っている。世話ができないので途中で捨てる、なんていうのはもってのほかだが、それなりに寿命を全うさせてあげるにも結構な覚悟が必要だと思う。

 

火葬は明後日の昼で、それまでは家族お手製の棺で過ごすようだ。写真を見せてもらったら、まるで眠っているような穏やかな様子だった。寂しいことではあるけれど、いつか必ず訪れる時でもあった。私の明日はまだ続いていく、前を向いて行こう。

ラブリコと有孔ボードで壁面収納つくった

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増え続ける山道具、圧迫される部屋、踏み場のない床、ある日突然ヴアーーーーーー!!ってなったので壁面収納を作ることにしました。以下備忘録です。

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(廃墟かよ)

 

<材料編>

・杉 2x4材 6ft 750円*4本
・シナ有孔板 910*1820*5.5mm 25mmピッチ 3180円*2枚
・アカシア集成板 910*100*15mm 500円
・ラブリコ 2x4アジャスター 980円*4個
・有孔ボード用フック各種 2500円
・棚受け 200円*2個
コーススレッド 28mm*100入 200円
・木材カット 50円*2箇所

合計 約17000円

賃貸住宅なので、2x4材で支柱を立てる→そこに有孔ボードを打ち付ける→壁を作る。という定番手法です。DIYのデの字も知らないので、インターネットでちまちま情報収集しながら進めました。

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さて2x4の突っ張り金具といえば、昔はバネの力で止める「ディアウォール」しかなかった気がしますが、いつの間にかジャッキの原理で止める「ラブリコ」というやつも出ていてディアウォールと共に2x4界の二代巨頭になってるらしいです。知らんかった。突っ張る仕組み以外では、前者は耐荷重非公開、後者は40kg/本までという違いもあるみたいですがそんなに重いものを置くのでなればどっちでも良いと思います。ちなみに私はホームセンターで値段を見た瞬間ラブリコを手に取っていました(ディアウォール1200円、ラブリコ980円)。

肝心の2x4材ですが売り場で一番安かった杉材にしました。木の良し悪しはまーーったくわかりませんが、コーススレッドも軽く入ったし作業上は特に問題になるようなことはなかったのでヨシ。ヨシ!

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有孔ボードはサイズ、厚み、穴ピッチで色々と種類があります。市販されている有孔ボード用のフックをつけたいのなら厚みは4.0か5.5mm、穴ピッチは25mmか30mmの組み合わせに絞られます。私が行ったホームセンターは厚み5.5mmの25mmピッチしかなかったので自動的にこれになりました(選択の余地なし)(田舎)

あと有孔ボード専用のフックは意外と高い(小さいフックでも1個100円くらい)ので、結構費用がかさみます。事前にシミュレーションしておかないとお会計でウッてなります(なりました)。例えば有孔ボード用棚受けなんて1個1000円!(両側で2000円!!!!)もするので、さすがに専用金具は諦めて普通の棚受け金具を2x4材に打ち込むことにしたりしました。

そんな感じで材料を揃えたわけですが、私の家はごく普通のOLの家なので、木材をそのまま持ち帰ったところでジグソーもなければノコギリすらありません。なのでホームセンターの木材カットサービスを利用して、予め寸法通りに切ってもらいました。2x4材は壁の高さ-95mm(ラブリコ公式の推奨値)、有孔ボードは縦半分(455*1820)に切りました(910*1820だと運ぶのが大変だし車にも載らないので)。

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スポーツカーもにっこり


<組み立て編>

まずは杉材にラブリコをスコスコはめていって壁に4本とも立てます。かんたんです。そのあと4枚の有孔ボードを杉材に打ち付けていきます。自重でたわむことを心配していましたが、意外と丈夫そうなので、各柱の上下2箇所ずつ(=1枚あたり8箇所)の最低限のビス留めでなんとかなりました。結果、電動ドライバを使ったとはいえ1時間もかからず壁ができてしまいました。こ、こんな簡単だったのかよ。簡単すぎて作業中の写真ありません。

壁ができたらあとは適当にフックを使って山道具をレイアウトしていきます。気分は山道具屋で最初はめちゃめちゃ楽しいですが、意外と思い通りに収まらないのでだんだんイライラしてきます。そうやってあーでもないこーでもないと言いながらレイアウトが決まったら、仕上げにアカシア集成板の棚板を設置しました。裏に2x4材が通ってるところに金具を配置。なんかミスって数ミリ斜めったけど、使用には問題ないのでオーケーです。気楽にいこうぜ。

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↑棚板は図面すら描かずノリでつけた

 

<完成編>

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最終的にこんな感じになりました。棚に無理やり道具を放り込んでいた頃に比べると、かなり収納力がアップしました。何より床が見えることに感動した!まじめなことを書くと、山道具って形が不揃いで収納しづらい一方で、基本的にカラビナをかけるところがどこかしらにはついてるので、ぶら下げて収納するというのは理にかなってるのかなと思いました。

ところでこれはいわゆる「見せる収納」の一種なわけですが、色々調べていて感じたのは、隙間をがんばって埋めるようにレイアウトするとゴチャっとして見えるっぽいということ。逆に隙間があっても上端と左右ラインを揃えると綺麗に見えるようです。今回はなるべくそれを意識して配置してみましたが、右上のエリア(バイル周辺)がまだ解決できておらずゴチャ感が残ってしまいました。でももうテトリスするのは疲れたので、また自分の美意識が大幅アップデートされるまではこれで行こうかと思います。

 

<反省編>

工夫すれば安く抑えられたポイントがあったので書いておきます。まずは柱の本数。今回4本使ったので単純計算で160kgの耐荷重があることになりますがオーバースペック過ぎます。両端に1本ずつ、有孔ボードのたわみを防ぐために真ん中に1本、の合計3本にしておけば1600円くらい安上がりにできました。

あとは有孔ボード専用フック。ぜんぶちゃんとしたメーカーのやつで揃えてしまったけど、Jフック以外はダイソーのやつでもそれなりに使えそうです。単価が1/4くらいなので次からはダイソーでも良いかなと思います。

 

<どうでもいいこだわり編>

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スキー板と本の留め具にφ5mmのダボ使ってみました。スタイリッシュになった(?)

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かさばりがちな手袋は、ダイソーの棒状フックに、同じくダイソーのクリップ付フックでぶら下げて。見た目もスッキリしたし、1つを見つけるために全部をひっくり返さなくてよくなりました。

 

おしまい。

そばかす

※「竜とそばかすの姫」のネタバレとやや批判的な感想があります。

 

前評判が良さそうだったので見てきた。のだけれど、ストーリーに登場する要素が整理されていなくて終盤にかけてモヤモヤしながら見ることになってしまった。

ストーリー以外の部分は大変よかった。美女と野獣の「二面性」というテーマをネット社会を舞台に焼き直すおもしろさ、ディズニー版の美女と野獣をオマージュしたモチーフとシーン、ミュージカルさながらの豪華な歌唱シーン、OZをさらにパワーアップしたような世界観、キャンバスが走るシーン(隣に停まってるロードスターレヴォーグじゃないんかい、と笑えた)、あと高知県の描写(私は四国南部生まれなので)、などなど。目と耳ではとても楽しめた。

モヤモヤし始めたのはストーリーの後半に入ったあたり。前半は母親の死を機に歌うことができなくなった主人公が、仮想世界の仮の姿で再び歌えるようになり、うんうんこのまま本当の自分を取り戻していくんだよね。ということを予感させる順当な流れだった。このときはまだ竜の正体はわかっていないので、主人公の取り巻きたちが竜の中の人の可能性があるのかな、と思いながら見るのもまあまあ楽しめた。

でも、後半で竜の正体が明らかになるにつれてストーリーの要素が一気に複雑になる。ネタバレすると、竜の正体は(この時点では一切本筋に関わってこなかった)児童虐待を受けている子供である。ここで明らかな違和感を感じるのは、作中で児童虐待を「現実世界での抑圧」のひとつとして、主人公が日常で感じている抑圧と同列に扱っていること。これらはあまりにも種類が違いすぎる。主人公の問題を解決する方向に向かうことを期待しながら見ているのに、その引き合いに出されるものが主人公よりも圧倒的に深刻な問題なのだ。

竜の正体が明らかになった後は、竜を助ける過程で主人公が成長する、という美女と野獣の轍どおりのストーリーが展開する。が、母親を失っているという共通点はあれど、主人公がリアルに干渉してまでこの子供を助けたいと思う理由ははっきりと描かれない。強いて言えば主人公の母親が別の子供を助けたのと引き換えに命を失ったこと(無償の愛的なもの)が、主人公の心の中にもあったんだね、的なことが夜行バスのシーンでうっすらほのめかされていたけれど、動機としては薄い。

まあ、動機がどうであれ終わりよければすべてよしという言葉もある。主人公が自分の問題を解決するついでにより大きな問題を解決したって良いのだ。しかし、残念なことに竜の問題が解決したのかどうかという最大のポイントは全く明かされないまま、主人公の問題だけが解決して、舞台は晴れやかに幕を閉じる。え??ってなって、せめてエンドロールの後にその後のヒントがないかと思って粘ったが、何もなかった。そして膨大な疑問を抱えたまま劇場を出た、という次第であった。

 

劇場を出た後の感じはバケモノの子を見た時と似ていた。登場人物の内面と行動原理を一発で理解するのが難しかった感じだ。あんまり細かいことを気にしなければ、サマーウォーズ的な、みんなが力を合わせる気持ちの良い場面もあるし、全体のテンポも悪くないので、楽しめるのかもしれない。

感情に左右されない

何歳になっても他人の言動にはっとさせられる瞬間はある。ああ、こんな言い方だと穏やかに物事が進むのか、とか、そんなものの見方があったのか、などなど…日々勉強させてもらっている。

こんなときにいつも厄介だなと思うのは感情だ。特に人格にむけられた負の感情は、私たちが新たな発見を見出すのに比べると、とても速いスピードで頭の中を占拠してしまう。そうすると、たとえ素晴らしい学びがそこにあったとしても、不本意なフィルターでうまく評価できなくなってしまう。そういうことがままあることに気づいたこの頃は、自分の判断に感情が介入していないかたまに確認する。

べーず

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行きなさいシンジくん!誰かのためじゃない、あなた自身の願いのために!

1000年ぐらい渋ってたベイズを勉強する。ゆるゆる〜と。できたらいいな〜…。

 

今晩は雷がにぎやか。すっかり新潟人なので、冬が来るような錯覚を起こしてしまう(鰤起こし)。

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