純米一合冷やで

酒がうまい

-15度を3シーズンシュラフで耐える

冬山を登ろうと思うととにかくお金がかかる。靴やら服やら登攀具やらを夏とは別に一式揃えないといけない。しかも私の場合は初っ端からアイスクライミングや冬季アルパインをやることになってしまったので、ダブルアックスなども買わねばならず、とにかく尋常ではないレベルの初期投資が必要だった。平凡な会社員にはなかなかつらいものがあって、1年目では残念ながら全部揃わなかったので、2年目になる今年もボチボチ装備を買い集めている。

さて、そのような状況でずっと後回しにしてきた装備のひとつがシュラフ(寝袋)である。いま唯一持っているシュラフはナンガのオーロラ450DX(山渓モデル)。760FPの450g、快適使用温度0度、限界使用温度-5度のごく一般的な3シーズンシュラフである。本来ならば5万以上する厳冬期用のシュラフを買うべきなのだが、ないものはない。で、仕方ないので去年の冬の幕営はこのシュラフで寝ていた。幸いなことに去年は記録的な暖冬だったので(1月の赤岳鉱泉ですら氷点下にならなかった)、しめしめと思いながらそれでワンシーズン快適に過ごした。

ところが今シーズンはどうか。再び赤岳鉱泉でテント泊をすることになったのだが、ちょうど強い寒気がやってくるという。しかも鉱泉ブログには-17度に冷え込みましたなんて書いてあって、明らかに去年と状況が違う。でも今年はすでに大型ザックにスコップ、ゾンデ、スノーシューまで買っていてお財布は瀕死。ないものはない…ので、結局今年も同じ3シーズンシュラフで突撃することにした。それがつい昨日まで行っていた山行のことで、今回は備忘録としてその状況を書き留めておこうと思う。

 

タイトルの-15度は実際に計ったわけではない(測ろうとしたが、時計の計測限界を超えてしまった)。ただ、強い寒気に放射冷却が重なったので、明け方にはそれくらいの温度になっていたのではないかと思う。4-5人用テントに2人が離れて寝ていたので他人の体温の影響もほぼない状況だった。

肝心のシュラフは、もちろんそのまま包まっただけでは凍え死んでしまうので、家にあるものを色々追加して赤岳鉱泉の夜に挑んだ。少々重くても安く済むことを重要視した。身につけていたものは以下の通り:

上半身:mont-bellジオライン長袖、長袖Tシャツ、PatagoniaR2フリース、mont-bellダウンベスト、ユニクロウルトラライトダウン

下半身:厚手靴下、mont-bellジオラインスパッツ、厚手トレッキングパンツ、レインウェア

エアマット:KLYMITイナーシャ・オゾン(夏山と兼用)

シュラフ・カバー:ナンガオーロラ450DX、イスカシュラフカバー、SOLエスケープヴィヴィの3枚重ね

ほか:下半身の下にロープ、ザックを敷いて冷気をシャットアウト。ハクキンカイロを首の後ろにセット。

この状態で凍らせてはいけないもの(水のボトル、ガス缶、電子機器など)と一緒にシュラフに入ったら正直ちょっとせまかったが、寝返りが打てないほどではなかった。最初は少しだけ寒く感じて、やっぱり無理かな?と思ったけど、なんだかんだ朝まで熟睡した。途中1、2回、つま先の冷えで起きただけだった。ビンボー、凍死を免れる。

 

さて、今回の装備の中で一番効果があったなと思ったのは首の後ろのハクキンカイロ。この一点を温めるだけでなんだか全身がポカポカしてくる上に、首や肩周りのダウンが暖められて、いつもなら感じる上半身の冷えがほとんどなかった。この技は次回からも採用しようと思う。

一方でこれは要らなかったかなと思うのはシュラフカバー。ヴィヴィの内側の結露対策にと思ったが、もともとオーロラ450DXは防水なので1泊程度なら帰ってきてから乾かせば良い。空気の層ができるわけでもないので、重さを考えるとカットして良さそう。

最後に、今回足りなかったと思うのはつま先の保温。ダウンシューズは同行者曰くシュラフ内でロフトが潰れてそんなに暖かくないらしいので、直接的な熱源になるハクキンカイロをもう1つ足用に追加するのはありかもしれない。

 

ということで、貧乏人はもうしばらく夏山装備でしぶとくやっていく。

 

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テント内でもちょっと油断したらこの通り

家に警察が来た

先週末、家に警察が来た。

家でくつろいでいたら突然インターフォンが鳴って、何もネット注文してないよなあ、と思いながらモニターを確認すると警察官らしき姿の中年男性が立っていた。家に警察が来る理由に頭に巡らすが、何もやましいことはしていない善良な市民(のはず)なのでどうにも思い当たる節がない。事件の聞き込みだったらなるべく関わりたくないし、もしかすると警察の格好をした詐欺師かなにかかもしれないな、とも思って、居留守をきめることにした。

そうしてじっとモニターを眺めていると、男性は諦めたのか隣の部屋に移動してまたチャイムを鳴らす。が、横も留守。で、その次でようやく人が出た。モニター越しに様子を見ていると何やら聞き取りをしているらしい。音声は内廊下に反響してよく聞こえない。数分話し込んだあと、男性は別の階に移動して行った。なんだろなーと思いつつ再び怠惰な休日に戻る。

1時間くらい経った頃、また近くの部屋のインターフォンの音がした。気になって玄関モニターをつけてみると、また警察官風の男性がよその部屋のインターフォンを鳴らしている。住人が出てきて、こちらもまた先ほどと同じように数分話し込んでいる。もしかしてなんかデカい事件?と考えていたら、話し終わった警察官がまたうちの部屋のインターフォンを鳴らしにきた。ちょっと迷ったが、興味本位で出てみることにした。

用件は簡単だった。火事や災害があったときのために各交番で管轄内の住所録を毎年作っており、その確認のために来たと。「あなたのおうちは去年は空き家だったけど、今年から住み始めたの?」えっ、もう何年か住んでますけど。「いま何も情報がないんで、お名前と電話番号を教えてもらえますか。」はあ。「あとお勤め先も教えてください。」え、それ言わないとダメですか?「いちおう、何かあったときのために…」うーん、じゃあ…。そんな調子で警察官は分厚い台帳に書き込んでいく。台帳は結構使い込まれているようなのでニセモノではなさそうだけど、果たして警察がこんなことをするんだろうか?一通り書き込んだら、台帳をパタリと閉じて「最近、火事も多いので気をつけてくださいね。」と言い残して男性は去っていった。

その後、やっぱり引っかかるところがあるので念の為に管轄の交番に問い合わせたところ、これは正式な警察の活動ということだった。地域によって1年から数年に1回巡回しているらしい。怪しい活動ではないことがわかったのでひとまず安心したが、一方でそんなこと市役所に聞けば簡単にわかるのでは…とも思ったり(たぶん縦割りのせいで情報を融通できない事情があるのだろう)。警察のおじさん、疑ってごめんね。休日にお勤めご苦労様でした。

めっちゃ忙しかった

7月頭の飯豊縦走から戻ってきてからというものの、その余韻を楽しむ暇もなく忙しい2ヶ月に突入し、気が付いたら9月になっていた。上司が突然異動になり、人員の補充もないまま仕事の山場を迎えてしまった。残された若手でベテランが長年やっていた仕事をなんとかカバーしたけど、当然そのような半ば属人化しかけている難解な仕事は単純な加法的な増え方にはならず、なんだかんだで体感としては去年の倍量くらいになってしまうような状況だった。

私は物事を取りこぼすのが嫌いなので、常々メモを取り、何も仕事のやり残しのないよう注意を払っている方だと自負している。それでも今年の夏は仕事のミスが多かった。いろんな予定を忘れるし、締め切りは気づいたら終わってるし、たくさんの人に同時に催促されまくっていた。5-6個のタスクが同時並行でどんどん更新されていくので系統立てて仕事ができず、全体を見渡して仕事をすることが残念ながら一度もできなかった。

あとこれは上司にも共感されたのだけど、人はあまりに忙しいとメールの誤字脱字が指数関数的に増える。前述の通り私は自称用心深い人間なので、特に他人に向けた文面であるメールには細心の注意を払っていたつもりだった。ところがこの仕事の経緯ってなんだっけ?とか思って自分が書いたメールを掘り返すとそれはそれはもう誤字脱字のお祭りパーティである。かつてメールの脱字が多い上司のことを怪訝に思っていたことがあったが、もはやそんなところにリソースを割けなくなってしまった人間には誤字脱字が見えなくなるらしい。

あとあまりにも忙しいと、ひとは忙しさにだんだん慣れてきてしまう。はじめは自分の時間が確保できなくなったことにたいへんな不快感があったが、次第にそれが普通になっていき、帰宅したら疲労で何も考えずに寝るみたいなことが増えた。何も考えないので現状を疑問に思う時間も削られて、深夜勤務直前まで働いたり、土日出勤することに対して感覚が麻痺しかけたように思う。ある程度の強度の仕事に慣れることは社会人としてそれなりに重要なことだとは思っているけれど、それはかなりシームレスに私生活を犠牲にすることにつながっている。

当初の見通し以上に忙しくなってしまった経緯に対する所感は個人的なことなので書かずに留めておくとして、とにもかくにもあまり経験したことのない忙しさに晒されると人はこういう形でミスを蓄積させていく、という現象の記録と自戒の意味で、書き留めておく。

ギッフェン財

この間仕事で調べ物をしているときにたまたまこの言葉を知った。私は経済畑とは全く無縁に生きてきたので知らなかったのだけれどミクロ経済学で使われる用語らしい。

ほんとうは正常財や劣等財、所得効果や代替効果の考えのもとで解説されるべき概念だけど、簡単に言ってしまえば「価格の増減と需要の増減が一致するもの」、あるいは「価格が安くなるほど需要が減り、価格が高くなるほど需要が増えるもの」である。

ふつう、物が安くなれば我々消費者の需要は増大するし、逆に高くなれば減少する。いわゆる需要曲線をイメージした時の形だ。ところがギッフェン財は、前述の通り、それとは逆の需要の反応を示す財(商品)らしい。直感的に考えてそんなものありえるのか?と疑問に思ったら、wikipediaに実例(と思しきもの)が載っていた。ただしこの条件は結構特殊そうだ。ゆえに実際のところは「ギッフェン財は理論上の存在」と考えるのが共通見解?のようだ。

ところが興味深いのは水産物においてギッフェン財とも思える反応を示す事例があること。マトウダイスケトウダラで確認されているらしい。別に他の分野でギッフェン財が存在するかどうか確かめたわけではないので、水産分野で特別多いとかどうとかはわからない。ただ、原因を考えてみると結構面白くて、ひとつにはギッフェン財の典型的な「代替財が限られていて需要がそちらに傾く」パターン。たとえば加工品の原料などは代わりに使える物が限られているから、これに当てはまる可能性がありそう。また、別の可能性としては「ロット数が揃わないと値段がつかない」という市場の事情を反映しているパターン。これは仲卸の固定コストが影響していて、例えば魚が1匹だけ取れてもスーパーで刺身パックにすることはできない。利益が出ないからである。だからある程度まとまった箱数が揃わないと市場では値段がつかず、結果的に数量が多いほど値段が高くなるように見える。

後者をギッフェン財と扱うのかどうかは私は専門ではないのでわからないけど、値段のつき方を考えてみるに我々の業界はちょっと特殊だなと改めて思った。

ソロキャンプ

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前回ツェルトの試し張りをしたのに懲りず、今度はソロキャンデビューしてきた。ソロキャンと書くとかっこいいけどつまりはぼっちでピクニックだよなこれは。

ことしはすでに給料1ヶ月分を氷を登る以外の用途がない道具に溶かしたり、餌代がばかにかかるクルマを飼い始めたりしたので、これからキャンプ趣味に手を出す余裕はもうない。そこで基本的には登山道具を流用することにした。で、設営したのが↑の写真である。どことなく「ソロキャン🏕🍳🍾✨」よりも「漢の野営塾💪」な雰囲気が強く漂っているのはなぜなのか。

お昼寝空間のツェルト+タープ前室という形は前回と同じだけど、今回はツェルトの前側ポールをタープと共用にしたり、サイドのポールを1本追加したりして、少しだけ居住性とプライバシーが向上した。しかしキャンプ初心者ゆえにおそらく独創的な名もなき張り方をしている。

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裏から見ると謎い。

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女子力皆無のゴリラなのでおしゃれなキャンプ飯の概念はなかった。花より団子、インスタ映えより肉。スーパーで買ってきた惣菜をキャンプ場でいただく。出だしが遅くて本物のビールが飲めなかったのが残念(車で帰るので)。

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しかしゴリラでも気まぐれで料理をしてみようという気になった。しかしハイパー適当なので下処理などの概念はなく、ブロッコリーをそのまま持ってきた。

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ブロッコリーを適当に切って茹でて、ニンニク・鷹の爪で香り付けしたオリーブオイルに他の具材とともに投入すれば、キャンプ飯の定番中の定番アヒージョの出来上がり。

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ベビーホタテ、エビが異様に高くて妥協した選択肢だったのに思いのほかおいしい。

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とどまるところを知らない食欲に任せて玉ねぎをアヒージョの余りに投入、

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トマトソースとパスタと絡めてアラビアータ風にした。関係ないけどこのひしゃげたメスティンは3年ぐらい使っていて、焦げがついたりして結構汚いんだけど愛着が湧いてしまいなかなか買い替えられずにいる。ちなみにうちの会には四半世紀以上同じコッフェルを使い続けてその伝説的な汚さが語り継がれてしまっている山の先輩がいる。

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食べるだけ食べたら欲望に忠実に従ってツェルトの中に横になってみた。下地は杉の落ち葉なのでふかふか、マットだけで快適だった。中であぐらをかいて座ると流石に天井に頭がつくが、思っていたよりは広い。これでサイドリフターをつけたら結構快適になりそう。沢の音と鳥の声が聞こえるなか、アリと一緒に昼寝をした(ツェルトの下面は塞がってないので来るもの拒まず状態)。

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結局なんだかんだで夕方ギリギリまでのんびりして、17時ごろに撤収。荷物はギター以外はザック1個におさまったが、久しぶりに背負うザックはちょっと重かった。

谷の底から聞こえた声

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山になかなか行けないので、今まであまり人に話さなかった山での出来事を備忘録程度に書いてみる。なお、タイトルから想像できる通りのよくある話で、オチもない(なのであえて人に話す理由もなかった…)。

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GRB納車

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2年半お世話になったDJデミオくん(DJ3FS)とお別れをして、インプレッサ WRX STI(以下GRB)に乗り換えた。つい2週間ほど前のこと。

私のGRBへの想いは結構、根だけは深くて、思い出してみるに一番最初にあのかっこいい車はなに!?と意識したのは大学生のころだったと思う。もう8年も9年も前のこと。当時はスポーツカーはおろか車本体にすらあんまり興味がなくて、免許も迷わずAT限定を取ったほどだったけど、それでもなんだかちょっとした恋心みたいなものを感じてしまう車だったし、街で見かけたらよく目で追っていた。

その後、周囲の影響もあって在学中にだんだん車に興味が出てきて、私は最終的にハッチバックのラリー車が好きになった。で、その頃になってようやくこの車の正体を知ることになる。歴代インプレッサ唯一のハッチバックで、最後のWRC出場車両。当時最強の2リッターエンジン、EJ20。公道を4輪で掴んで駆け抜ける夜空のブルー。単なる速いハッチバックだけではない素晴らしい夢が詰まった車だったことがわかって、憧れはさらに強くなった。

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ただ、やっぱり素晴らしい車に乗るには先立つものが必要であって。社会人になっても憧れは消えなかったけど、中古ですら、とてもではないが新卒の手が届く値段ではなかった。なので、初めてのマイカーにはそれなりにお手頃だったDJデミオくんをお迎えした(年間2万キロのペースで走って色々なところに行ったけど、スイスイと軽快に付いてきてくれる可愛い相棒だった)。そして2年半後、わざわざ教習所に通ってマニュアル免許を取って、必要なものもかき集めて、ようやくちょっと過走行のGRBに手が届いたのだった。色はもちろんWRブルー・マイカ。女に青は似合わないと言われようがそれ以外の選択肢は私にはなかった。キモオタブルーでいいじゃないの。

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GRBは速いのはもちろんなのだけれど、私が特筆したいのはそのデザインで、他の国産ハッチとは一線を画す格好よさがあると昔から思っている。正面から見た時にまず目に入るのが、迫力のあるブリスターフェンダー、そしてそこからフロントバンパーにつながる曲線。斜め後ろからこの部分を見ると意外とすっきりしていて、フェンダーアウトレット(実は中で開口してないらしい)がさり気ないのもデザインの妙。逆に、リアのフェンダーは前から見ると大人しいが、後ろから見るとその筋肉質なラインはさながら鍛え上げられた大腿筋のように浮かび上がる。その膨らみを保ったままリアバンパーに繋いでいるので、真後ろから見た時のボリューム感は迫力があるし、全体的に台形のようなシルエットになっていて低重心をイメージさせる。DJデミオの時もそうだったけど、もしかしたら私はちょっと有機的な曲線美がある車が好きなのかもしれない。

もちろんマシンとしての美しさもあって、横から見た時のロングノーズ具合も水平対向積んでるんだぜって感じを醸し出しているし、ちょっと地味だけどしっかり4本出てるマフラーも最高に気分が高まる。マシンの詳しいことはまだ勉強中でコメントできないのがGRBには申し訳ないのだけれど、とにもかくにも純正でデザインが完成されすぎている。と、個人的には思っている。

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そういうわけでGRBを迎えてからというものの、毎朝恋人に会うようにコックピットに乗り込み、色気のあるニードルスイープを眺めてご満悦で出勤している。会社の窓からGRBをチラ見しては造形美にニヤニヤする。遅くなった帰りにもそこでじっと待っていてくれる姿が頼もしい(これはデミオでもそうだったが)。まだMTの運転には慣れないからお世辞にも速いとは言えないし、この車を維持することの大変さは経験していないので、GRB乗りとしてはまだまだ駆け出しだけれど、残り少ない余生を大事に乗ってあげようと思う。