純米一合冷やで

酒がうまい

めっちゃ忙しかった

7月頭の飯豊縦走から戻ってきてからというものの、その余韻を楽しむ暇もなく忙しい2ヶ月に突入し、気が付いたら9月になっていた。上司が突然異動になり、人員の補充もないまま仕事の山場を迎えてしまった。残された若手でベテランが長年やっていた仕事をなんとかカバーしたけど、当然そのような半ば属人化しかけている難解な仕事は単純な加法的な増え方にはならず、なんだかんだで体感としては去年の倍量くらいになってしまうような状況だった。

私は物事を取りこぼすのが嫌いなので、常々メモを取り、何も仕事のやり残しのないよう注意を払っている方だと自負している。それでも今年の夏は仕事のミスが多かった。いろんな予定を忘れるし、締め切りは気づいたら終わってるし、たくさんの人に同時に催促されまくっていた。5-6個のタスクが同時並行でどんどん更新されていくので系統立てて仕事ができず、全体を見渡して仕事をすることが残念ながら一度もできなかった。

あとこれは上司にも共感されたのだけど、人はあまりに忙しいとメールの誤字脱字が指数関数的に増える。前述の通り私は自称用心深い人間なので、特に他人に向けた文面であるメールには細心の注意を払っていたつもりだった。ところがこの仕事の経緯ってなんだっけ?とか思って自分が書いたメールを掘り返すとそれはそれはもう誤字脱字のお祭りパーティである。かつてメールの脱字が多い上司のことを怪訝に思っていたことがあったが、もはやそんなところにリソースを割けなくなってしまった人間には誤字脱字が見えなくなるらしい。

あとあまりにも忙しいと、ひとは忙しさにだんだん慣れてきてしまう。はじめは自分の時間が確保できなくなったことにたいへんな不快感があったが、次第にそれが普通になっていき、帰宅したら疲労で何も考えずに寝るみたいなことが増えた。何も考えないので現状を疑問に思う時間も削られて、深夜勤務直前まで働いたり、土日出勤することに対して感覚が麻痺しかけたように思う。ある程度の強度の仕事に慣れることは社会人としてそれなりに重要なことだとは思っているけれど、それはかなりシームレスに私生活を犠牲にすることにつながっている。

当初の見通し以上に忙しくなってしまった経緯に対する所感は個人的なことなので書かずに留めておくとして、とにもかくにもあまり経験したことのない忙しさに晒されると人はこういう形でミスを蓄積させていく、という現象の記録と自戒の意味で、書き留めておく。